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大阪地方裁判所 昭和38年(ワ)1080号 判決 1967年1月26日

主文

被告らは原告に対し各自金八九八、二二四円及びこれに対する昭和三八年四月四日以降、完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決中原告勝訴部分に限り原告において金二〇万円の担保をたてることを条件として仮りに執行することができる。

事実

第一  申立

原告訴訟代理人は「被告らは原告に対し各自金一、七三九、五一九円及びこれに対する昭和三八年四月四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  双方の主張

原告訴訟代理人は、請求原因として、

一、原告は、昭和三五年四月二二日午後四時二五分頃、大阪市南区大宝寺西之町四〇番地先道路、すなわち大丸百貨店西側北寄りの歩道から通称御堂筋を西へ横断しようとしたところ、右道路のC帯車道上において、被告仲川金助が運転して南進してきた軽二輪自動車に激突されて転倒し、後頭部打撲症、脳震盪症、頭蓋内出血、左大腿部打撲症の傷害を受けた。

二、本件事故は被告金助の次のような過失に起因する。すなわち、同被告は前記自動車を運転して時速四〇キロの速度で前記C帯車道中央付近を南進して本件事故現場に差しかかつたのであるが、その付近は大丸百貨店前で当時歩道の交通が極めて輻輳し、かつ車道西側には安全地帯があるので、あるいは歩道から車道へ進出する歩行者があるかも知れないことは当然予想されたところであるから、自動車を運転する者は予め減速徐行して進路前方に進出する歩行者に備え、万一歩行者を発見した場合、その挙動に注意し機に応じて直ちに停車あるいは避譲しうる等事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、同被告は前方車道中央付近を歩道から安全地帯に向け横断歩行している原告を認めた後、その挙動の注視を怠り、これを避けうるものと軽信して不注意にも前記速度のまま漫然と進行を続けた過失により、原告から約四、五メートルの距離に接近したとき始めて衝突の危険を感じて急停車の措置をとると共にハンドルを右に切つたが及ばず、車道の西側約四分の三位の地点で車の左ハンドル付近を原告の右肘付近に接触させ、本件事故を惹起せしめたものである。

三、被告会社は本件軽二輪自動車を所有し被用者である被告金助をしてこれを運転使用せしめていたものであるから、右軽二輪自動車を運行の用に供していた者に該当する。よつて被告会社は自動車損害賠償保障法三条の運行供用者として、被告金助は不法行為者として、それぞれ原告が本件事故により蒙つた損害を賠償する義務がある。

四、本件事故により原告が蒙つた損害は次のとおりである。

1  治療費

原告は前記傷害の治療費として別紙明細表記載のとおり合計金二五九、五八七円を支出した。

2  得べかりし利益の喪失

原告はたばこ小売業をいとなみ、一ケ月平均金二万円の純益を挙げていたが、本件事故による負傷のため昭和三六年一月一日以来右営業を廃止するのやむなきに至つた。原告は明治二六年九月一〇日出生の女性であるが、普通以上の健康を保つていたから、本件事故に遇わなかつたとしたら、その後少くとも五年間右営業を継続することが可能であつた。よつて原告は本件事故により右五年間の得べかりし利益合計金一二〇万円を喪失したことになるから、被告らに対し右金額のうち金一、一六九、九三二円を請求する。

3  慰謝料

本件事故による負傷により原告は肉体的苦痛を与えられたばかりでなく、膝関節の屈伸運動障害のため正常な歩行が困難となり、この後遺症は殆んど全治の見込みがないので、これによる精神上の苦痛も著しい。のみならず、被告らは本件事故以来一度も原告を見舞つたこともなく、誠意を示していない。これらの事情を考慮すれば慰謝料の額は金四〇万円をもつて相当とする。

五、以上の損害額の合計は金一、八二九、五一九円となるが、原告は自動車損害賠償保険金九万円を受領しているから、これを控除し、被告らに対し各自金一、七三九、五一九円及びこれに対し本訴状送達の翌日である昭和三八年四月四日以降民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

被告らの過失相殺の抗弁に対し、

原告に過失があつたことを否認する。原告が被告らの主張するように駐車中の自動車の間から突然車道に出たということはない。当時は二、三人の横断歩行者があつたので、原告も右歩行者にしたがつて横断を始めたもので、本件事故は被告金助の一方的な過失に起因する。

被告らの消滅時効の抗弁に対し、

右抗弁を争う。

と述べた。

被告ら訴訟代理人は、答弁ならびに抗弁として、

一、請求原因一項のうち、原告主張の日時場所において被告金助の運転する軽二輪自動車と原告が衝突して負傷したことは認めるが、負傷の部位程度は不知。二項は否認する。本件事故は不可抗力による事故である。三項のうち、本件軽二輪自動車が被告会社の所有で、被告金助を使用してこれを運行の用に供していたことは認めるが、その余を争う。四項のうち、原告が支出した治療費は不知、得べかりし利益の喪失による損害についてはその主張する営業を廃止した時期が明確でなく、損害額の算定も極めて漠然としている。なおたばこ販売業は家族による販売の実態をもつているから、原告のみの利益の喪失とはいい得ない。

二、本件事故は全く原告の過失に起因するものであつて、被告金助には過失がない。事故現場は大丸百貨店前C帯車道上であるが、被告金助は右車道の中央付近を南進し、事故現場の手前約一〇余メートルの地点にある横断歩道に差しかかつたので徐行し、時速約二〇キロ(制限時速三五キロ)に減速して進行した。当時右C帯車道左側(大丸百貨店前)には南北一列に各種自動車が停車していたが、原告は右停車中の最後尾の自動車と二番目の自動車との間を通つて突然フラフラと東から西のグリーンべルト(安全地帯ではない)に向かつて横断しようとしたものである。被告金助は、原告が車道に立入るのをその間約五メートル手前で発見し、急ブレーキをかけると共にハンドルを右にきつたが、原告がなお小走りに横断を続けたため、被告金助の臨機の措置にもかかわらず、原告の車道に出た地点と南進中の被告金助の車との距離が短いために及ばず、接触して本件事故に至つたものである。しかも原告は当時満六七才の老婆であり、右眼が白内障、左眼も悪く眼帯をして老眼鏡をかけており、視界が狭く遠近がわからない上視力が極めて弱い状態にあつたから、大都会の交通の頻繁な場所の歩行には単独で通行することが極めて危険な身体であり、事故現場の北側約一〇メートルの地点には東西の横断歩道が白線で明示されているにもかかわらず、右歩道外の車道を横断しようとし、しかも進行中の車輛に注意することもせず、結局自ら危地に飛び込んできたのである。そして被告金助が時速二〇キロに減速したのは当時の車道の交通量からしてとりうる減速の限度であつたし、前方注視を怠つたこともないから、本件事故は被告金助の過失に起因するものでない。

三、そして被告金助は昭和二八年一〇月一三日大阪府公安委員会より軽自動車の免許を受け、以来軽自動車の運転には十分の経験をもち、被告会社は被告金助の軽自動車の運行に十分注意をなしていたから、本件事故につき被告らは自動車の運行に関して注意を怠らず、又本件軽二輪自動車は昭和三二年一月九日購入したもので、本件事故当時構造上の欠陥、機能の障害はなかつた。

四、仮りに被告金助に若干の過失があつたとしても、前記のような事実関係のもとにおいては、同被告の過失は微少で原告の過失が極めて甚大であるというべく、このような場合は、被告らの損害賠償責任自体を否定するのを相当とする。

五、仮りにそうでないとしても、原告には前記二項に述べたように重大な過失があつたから、損害額を算定するにつき斟酌されるべきである。

六、なお、原告の主張する慰謝料金四〇万円のうち金一〇万円は、原告が昭和四一年一〇月五日の口頭弁論期日においてその額を拡張したのであるが、原告は本件事故当時既にその損害及び加害者を知悉していたから、右日時から三年の経過により消滅時効が完成しているので、被告らは本訴において右時効を援用する

第三  証拠(省略)

理由

一、原告主張の日時場所において被告金助の運転する軽二輪自動車が原告に衝突し、原告が負傷したことは当事者間に争いがなく、証人〓淑子の証言によつて成立を認めることができる甲第二号証によれば、原告は右事故により約三ケ月の入院加療を要する原告主張のとおりの各傷害を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、そこで本件事故が被告金助の過失に起因するものであるか否かについて判断する。成立に争いのない乙第三ないし第七号証(但し、第四号証はその一ないし四。仲川金助の検察官及び司法警察員に対する各供述調書、司法警察員作成の実況見分調書、〓淑子の司法警察員に対する供述調書二通。)、証人〓淑子の証言(但し、後記措信しない部分を除く。)、被告仲川金助本人尋問の結果及び検証の結果を総合すると、本件事故現場は大阪市南区大宝寺西之町四〇番地先大丸百貨店前通称御堂筋のうち巾員六・五メートルのC帯車道上であり、右車道の制限時速は三〇キロであるが、百貨店前である関係上多くの車輛がひんぱんに停車し、歩道上には歩行者の輻輳するところである。なお右地点から北へ一九、三〇メートル先には公安委員会指定の横断歩道が設けられている。被告金助は前記軽自動車を運転して右車道の中央よりやや東寄り付近を時速約三〇キロの速度で南進し、右横断歩道に差しかかつたので約一〇ないし一五キロに減速したが、右歩道には歩行者が見当らなかつたので停車することなく右歩道を越え、同時に約二〇キロに加速して右現場に差しかかつたところ、当時大丸百貨店前に南向きに駐車していた数台の乗用車の中最後尾の車輛と二番目の車輛の間から原告が出てきて右車道の横断を始めたのを約五メートル前方に認めたので、とつさに衝突の危険を感じハンドルを右に切つて避けようとしたが及ばず、前記軽自動車の左ハンドル付近を原告の右肘付近に接触させ本件事故を惹起したことが認められ、右認定に反する証人〓淑子の証言は前掲各証拠に照らし措信できない。

次に前掲乙第三、第五号証中には被告金助が被害者の発見と同時に急ブレーキをかけた旨の供述記載があり又同被告本人尋問の結果中にも同様な供述があるが、前掲甲第二号証によると原告は本件事故による脳震盪症、頭蓋内出血と云う可なりの重傷を負つていることが認められ、右受傷は加害自動車の左ハンドルを原告の右肘付近に接触させた為に原告がその場に転倒した結果生じたことは明らかであり、而して右受傷の程度から考えると加害自動車はかなりの速度を以て原告に接触したものであることが推認される。ところで右被告本人尋問の結果によると同被告は加害自動車を約三年間専用していたもので同自動車の性能には精通していたと認められるところ同被告本人は右自動車は時速二〇粁位で進行中急停車措置をとつた場合二、三米位で停車すると思う旨述べており長くとも五米位では停車するものと推認されるから、若し同被告が原告の横断を発見すると同時に急停車措置をとつていれば前記の如き重傷を惹起することはなかつたものと推認されるのである。以上の点から考えると同被告は原告を約五米前方に発見しそのまま進行すれば衝突の危険あることを感じたが、ハンドルを右に切つて安全に原告の前面を通過出来るものと軽信し直ちに急停車の措置をとることなく進行し、接触の寸前に至つて始めて同措置をとつたものと推認せざるを保ない。従つて乙第三、第五号証及び被告本人尋問の結果中これに反する部分は措信出来ない。

而して以上認定によれば、本件事故は被告金助の過失に基因することは明白であり、同被告は不法行為者として本件事故の損害を賠償する責任がある。

三、そこで進んで被告会社の責任原因について判断する。

本件軽自動車が被告会社の所有であり、被告会社が被告金助を使用してこれを運転させ運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

被告会社は自動車損害賠償保障法三条に定める免責事由を主張するもののようであるけれども、運転者たる被告金助に前項の如き過失が肯認される以上、同条にいわゆる運行供用者として本件事故による損害を賠償する責任があることは明らかである。

四、次に過失相殺の主張について判断する。

前項二に認定したところから明らかなように、原告は約一九、三〇メートル北方に公安委員会指定の横断歩道があるのにかかわらず、横断歩道外の車道を特に進行してくる車輛の有無を確かめることなく、駐車中の自動車の間から出て車道を横断し始めたのであるから、歩行者として守るべき注意義務を怠つた過失が認められ、しかも証人〓淑子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、当時原告は満六七才の老体であり左眼が不自由で眼帯をかけていたことが認められるから、原告の右過失は損害額の算定につき充分斟酌されるべきものと考える。

被告らは原告の過失が極めて甚大であるに対して被告金助の過失は微少であるから、かかる場合は、被告らの損害賠償責任を否定すべきであると主張するが、前記二項に認定説示した被告金助の過失は原告の右過失と対比して考慮しても、右主張のように微少であるとはいい難く、原告の過失に劣らぬ程本件事故発生の有力な一因であると認められるから、被告らの損害賠償責任を否定することはできず右主張は採用し得ない。

五、よつて原告の蒙つた損害額について検討する。

1財産上の損害

イ  治療費

証人〓淑子の証言によつて成立を認めることができる甲第一、第三、第五号証及び右甲第五号証によつて成立を認めることができる甲第八号証によれば、原告は前記傷害の治療費として別紙明細表のうち、番号1.2.4.7.に記載した分の合計二〇六、五二〇円を支出し、同額の損害を蒙つたことが認められるけれども、同明細表番号3.5.6.8.に記載の分はこれを認めるに足りる証拠がないから、これを本件事故による損害と認めることはできない。

ロ  得べかりし利益の喪失

証人〓淑子の証言によつて成立を認めることができる甲第七号証と同証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告(明治二六年九月一〇日出生)は、昭和六年頃からたばこの小売販売業をいとなみ、本件事故当時少くとも一ケ月金二万円の純益収入を得ていたこと、本件事故により昭和三六年一月一日以降右小売業を廃止するのやむなきに至つたこと、原告は、なおじ後昭和四一年一二月末日までの五年間は右小売業に従事し得たこと、したがつて結局原告は本件事故により右五年間の合計金一二〇万円の得べかりし収入を喪失したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

被告らはたばこ小売販売業は性質上家族による販売の実態をもつているから必らずしも原告自身の損害とはいえない旨主張するけれども、前掲各証拠によれば、右の販売についてはたまたま原告の家族の者が右販売を手伝うことはあつたけれども、あくまで原告自身の営業であつたことが認められるから、その廃止による損害は原告自身が受けたものというべく、被告らの右主張は理由がない。

そうすると原告が右金額の範囲内で主張する金一、一六九、九三二円は当然原告が本件事故により蒙つた損害ということができる。

以上の財産上の損害額の合計金一、三七六、四五二円となるが、原告の前記過失を考慮し、右損害額の二分の一である金六八八、二二四円を控除するのを相当とする。

2 慰謝料

前掲甲第二、第六号証、第八号証と証人〓淑子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故当時満六七才の老体であつたことも重なり、本件事故による後遺症として両側膝関節殊に左側の屈伸運動障害があり、正常な歩行が困難となり、現在に至るもなお県立尼崎病院に通院をつづけているものの、完治の望みが少ないことが認められ、右事実に前記認定の本件事故の態様、原告の過失その他諸般の事情を考慮して原告に対する慰謝料の額としては金三〇万円をもつて相当であると認める。

原告は昭和四一年一〇月五日の口頭弁論期日において慰謝料の額を金一〇万円増額して請求を拡張したが、原告が拡張の理由として主張するところは要するに本件事故後における被告らの態度に誠意が示されていないというにとどまり、当初に主張した慰謝料請求権と訴訟物を異にするものとは解されないから、この拡張部分についても、被告らの消滅時効の当否を案ずるまでもなく、既に右説示により理由がないこと明らかである。

六、そうすると、以上の損害額の合計は金九八八、二二四円となるところ、原告が自動車損害賠償保険金九万円を受領していることは当事者間に争いがないからこれを右財産上の損害賠償額より控除し、結局金八九八、二二四円が原告の蒙つた損害ということになる。

よつて被告らは原告に対し連帯して金八九八、二二四円に対しては損害を蒙つた後の日であることの明らかな本訴状送達の翌日である昭和三八年四月四日以降、完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて本訴請求は、右認定の限度において正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

別紙

明細表

<省略>

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